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Vol.7 西 陽一郎 西酒造株式会社 八代目代表取締役


                          西 陽一郎
2013/06/21
西酒造株式会社 八代目代表取締役 西 陽一郎
銭金じゃない、本気のモノづくり。
結果は必ず付いてくる。
  • 名前
  • : 西 陽一郎 (にし よういちろう)
  • 生年月日
  • : 1971年生まれ
  • 出身地
  • : 鹿児島県
  • 職業
  • : 西酒造株式会社 八代目代表取締役
経歴 : 東京農業大学醸造学科を卒業。
: 都内の卸問屋勤務を経て、焼酎造りを始める。
: 2003年より現職。
:「富乃宝山」「吉兆宝山」など、本格焼酎人気の火付け役と言われる
銘焼酎を生み出し、同社を急成長へと導く。
: 12歳の息子と3歳の娘を持つ父親でもある。
西酒造概要 : 社名 西酒造株式会社
: 所在地 〒899-3309 鹿児島県日置市吹上町与倉4970-17
: 電話番号 099-296-4627
: FAX 099-296-4260
: 創 業 弘化2年(1845年)
: 資本金 1,000万円
: 事業内容 本格焼酎製造販売
経営理念 : 我々は、常に健康で善良な心で行動し、
一人ひとりの幸せと生きがいの追求に努力精進し、
社業の発展をもって世の中に貢献する。
経営指針 : 西酒造株式会社は、焼酎を醸し世の中に旨さと信頼で貢献します。
(旨さとは、人それぞれの嗜好に加え、醸す人の心、醸す環境までも含む風景である。)
: 西酒造株式会社は、焼酎文化を創造し世の中に伝えていきます。
(焼酎は、日本古来の蒸留酒であり、世界に誇るべき文化である。)
: 西酒造株式会社は、焼酎を醸す事で人を育て世の中に貢献します。
(職人集団としての意識を持ち、健全な精神を鍛錬する。)

まえがき

お酒好きでなくとも、「焼酎ブーム」を記憶している人は多いことだろう。具体的にいつのタイミングがブームだったのか諸説あるが、焼酎の消費量は国税庁(※)が統計を開始した昭和45年以降、実は10年単位で増え続けている。昭和45年当初は「日本酒(清酒)」消費量の13%程度(20.2万キロリットル)にすぎなかったが、昭和55年には23.8万キロリットル、そのさらに10年後の平成元年には49.2万キロリットルと倍増。平成15年には92.2万キロリットルとさらに倍増し、この時点で日本酒(清酒)の消費量を超えた。日本人のアルコール全体の消費量は平成8年がピークで、それ以降は人口減少や高齢化社会の進展などを背景に減少しているが、焼酎の消費量は平成19年まで増加を続け、現在も多くの日本人に親しまれている。 この事実からもわかる通り、焼酎は「ブーム」などではなく、もはや日本人に定着した「文化」であると言えよう。

※平成24年発表:国税庁統計年報書「酒類販売(消費)数量の推移 http://www.nta.go.jp/shiraberu/senmonjoho/sake/shiori-gaikyo/shiori/2012/pdf/006.pdf

昭和48年生まれの筆者も、20代の頃から習慣的に焼酎を飲んできた。 上司や先輩に、焼酎の飲み方や美味しさを教えてもらい、次第に舌は肥えていく。「本格焼酎」と呼ばれる人気銘柄や、少量製造のため入手が困難な銘柄を探し求めて、焼酎バーや居酒屋、またこだわりの九州料理のお店などに競って通った。今でもその習慣は続いている。

今回取材をさせていただいた西陽一郎氏は、焼酎の本場、鹿児島県で約170年の歴史を持つ老舗企業:西酒造株式会社の八代目。本格焼酎ファンから絶大な人気を誇る「富乃宝山」「吉兆宝山」など宝山シリーズの生みの親だ。焼酎ファンであれば知っている方も多いことだろう。焼酎好きで宝山シリーズのファンでもある筆者が、幸運にも仕事で鹿児島にご縁ができ、そのチャンスに賭けて取材のオファーをさせていただいたところ、なんとご快諾。このインタビューが実現した。

西陽一郎氏へのインタビューは、まさに驚きの連続だった。


                          西陽一郎氏をはじめ、醸造所のご案内をしていただけた取締役 兼 工場長の有馬健晃氏、その他取材中にすれ違う西酒造の皆さん全員から「最高の焼酎を造る!」という強い信念と、どこの誰かもわからない我々に対して、おもてなしの思いが感じられたこと。また、「最高の焼酎造り」を支える製造工程と製造環境への完璧な配慮。何より一番驚かされたのは、西酒造のオープンマインドだ。老舗企業や伝統銘柄は、製法や製造環境について「門外不出」という、筆者の勝手なイメージは根底から覆され、どの質問に対しても、細部に至るまで大変丁寧なご説明をいただけた。そしてなんと、「他社にも真似をして欲しい」と言うのだ。
それは、「他社には真似が出来ない」という自信からではなく、西陽一郎氏自身が自らに課した、焼酎文化を普及させるという“使命感”から来る言葉だった。老舗企業を急成長へと導いた経営者であり、そして日本の焼酎文化を支える本格焼酎造りの“匠”。その両方の姿勢で、未来に向けた展望を示していただけた西陽一郎氏へのインタビュー。ぜひご一読いただきたい。 

西 陽一郎氏インタビュー

Q:西酒造の焼酎造りのこだわりについて教えてください。


                          西氏:フランスワインの醸造家が持っている「ワイン畑」っていうと何を想像する?
筆者:ぶどう畑を想像しますね。

西氏:そうだよね。それじゃあ「焼酎畑」って言われて、田んぼや芋畑を想像できる?
筆者:・・・そう言われてみると、ワイン畑に比べて少しイメージが遠い気がします。

西氏:そこ!
杜氏が醸造を完璧にやるのは当たり前だけど、僕らは芋焼酎造りに必要な米や芋など素材作りのところから、焼酎造りと認識して、ぜんぶ自社でやることにこだわっている。焼酎造りに対して、米や芋を作るという概念はまだまだ認識されていないし、やっている蔵元も少ないのが現状。
「焼酎ブーム」が起きた時には、色んな銘柄が出てきたけど、なかなかその深いところまでは踏み込まずに、ブームは去ってしまった印象だ。僕らは本来、そこまでシンクロしてこだわるべきと認識しているので、業界に先立って20年前からやっているんだ。焼酎造りといえば、誰の頭にも芋の葉が拡がる広大な畑が想像できるように、自社でとことんこだわり抜く。また、一般的に「薩摩焼酎」と言われている概念・定義の中には「米」が入っていない。本来の「薩摩焼酎」と言えば、お米も芋も水も、ぜんぶ薩摩の原料を使ってやるべきで、そこまでやって初めて「薩摩焼酎」と言える、と考えているんだ。

ここから醸造所に場所を移し、ご案内いただきながらのインタビュー

Q:西酒造の焼酎造りのサイクルについて教えてください

焼酎の醸造が始まるのは素材が収穫された後の8月~12月まで。1月~7月は農業としての焼酎造りや研究をしている。いまこの醸造所内に人がいないのは、杜氏全員で畑に出て、焼酎の素材になる米や芋の「仕込み」をしているからなんだ。4月に米の田植えが終わって、今(5月末)は芋の苗植えの時期。普通の蔵元だと8月からが酒造りだけど、僕らはみっちり1年間かけて「焼酎造り」をしているというわけだ。

焼酎の醸造過程を簡単に説明すると、まず米の洗米・浸漬をしてから米を蒸す。そして種麹(たねこうじ)を合わせて、温度管理された麹室で約2日間寝かせて「米麹」を造る(※一度の仕込みで使う米は約300キロ)。出来た米麹を今度は仕込み水に入れ、自社培養した酵母を加える。米がもつデンプンで麹が糖化され、それを酵母が食べて、約5日間かけてアルコール分を出しながら繁殖(発酵)していく。これが一次仕込み(もろみ)。そこに今度はきれいに選別された芋(一度の仕込みで使う芋は約1500キロ)を蒸かし、細かく粉砕して一次モロミと合わせる。これが二次仕込み(もろみ)だ。二次仕込みは5つの甕に分けて行い、通常9日~10日間ほどの時間をかけて発酵させる。アルコール分を求めすぎると酢酸などが増え、焼酎の香りに悪影響を与えてしまうため、熟成歩合85%程度で蒸留し、原酒にする。原酒のアルコール度数はおよそ35度程度、これをろ過して約100日以上貯蔵・熟成させると焼酎が完成する。

Q:今は醸造所が稼働していない時期ですが、どこを見てもピカピカですね。

良い焼酎は清潔な環境からしか生まれない。これは絶対にそう。
醸造作業そのものももちろん大切だけど、1にも掃除、2にも掃除。そこからどんな些細な仕事にも絶対に手を抜かない信念を持つことができると考えている。だから醸造をしない今の時期でも、掃除をやらない日は無い。

Q:それと、醸造所のどこに行ってもBGMが流れています。

あーこれね。よく「酒に音を聞かせる」とか言うじゃない? もちろんそれもあるけど、本当はさ。何も音がないシーンとした環境で仕事をすることが良くないって思っているからなんだ。本来焼酎の醸造はルーティンじゃないけど、ルーティンに近い仕事だってある。それをシーンとした環境でやり続けていると、人間って危なっかしいんだよ。笑。音楽が流れていることで心が落ち着いたり、気持ちをいい状態に保てることが出来るからずっとBGMを流しているんだ。実際、いまここにいて気持ちいいだろ?

Q:確かに気持ちいいですね。音楽はだいたいクラシックですか?

そう。クラシックだね。それが好きなんだ。笑

Q:この醸造所が稼働する時は何人くらいの職人さんで対応されるんですか?

まあ18人くらいだね。

Q:こんなに広い醸造所を18人で動かす?

広さは関係ないよ。ぜんぜん関係ない。
今は18人で3万石製造しているけど、昔は二人で1万石製造していたからね。気合いだ!気合!

Q:皆さん、お休みはどれくらい取られているんですか?

土日祝日は休みだよ。みんな仕事が楽しいから、やりたい分だけやらせて欲しいっていう意見もあるけどね。
やっぱ労働基準法とか、最近はちゃんと配慮が必要だろ?笑。1~7月の素材の仕込みの時よりも、醸造の時の方が集中的にやらなきゃならないことが多いから、醸造の時期は休みが減ったりもするけど、原則週休2日にしているんだ。若かったメンバーにも子どもができているし、家族との時間もちゃんと大事にして欲しいからさ。

魚が泳ぐ池の上に伸びる石廊下を渡り、白い天井が高くぬけるチャペルの様な空間へ

Q:まるでチャペルのこの空間はなにをする場所でしょうか?

「静の空間」って言ってさ、この奥に長期熟成の焼酎樽を眠らせてあるんだよ(※誰もいないこの空間にも、クラシックが流れている)。全部で970樽ある。ここに最長7年3ヵ月間、寝かしているんだ。「天使の誘惑」っていう銘柄があるんだけど、それだけの長期間熟成させると、樽の中で少しづつ量が減っていく。それが天使への分け前、ってことでその名前を付けたんだ。ちなみに長期貯蔵酒ってよく聞くかも知れないけど、50%以上、古酒が入っていれば、そう謳っていいことになっている。でも、僕らが造っているのは100%ぜんぶ古酒で長期熟成だから、熟成樽がどんどん貯まって行くんだ。

「静の空間」を出て、今度は理系大学の研究室のような施設へ移動

Q:この施設は何をするところですか?

ここは、僕が直轄で見ている試験仕込み室。いままで見てきた醸造所が、1/100のミニチュアサイズで丸ごとここにあるんだ。実際の醸造所がそのまま実験用のミニチュアで再現できるように、メーカーさんにとことん協力してもらって完成した。この2階には「研究室」があって、研究要員が常に畑の土の研究や麹の研究、香りや味の研究まで、なんでもやっている。研究室で開発した新しい仕込み方を、実際にここで造ってみる。予想通りの成果が出たものを、実際の醸造所で造るっていう流れだ。 これは余談だけど、蒸留する前のもろ味を搾って、芋の繊維質だけで焼き菓子を作ったら、なんと鹿児島県の焼き菓子コンテストで「大賞」が獲れてしまったんだ。食品として利用できそうなものは、とにかくなんでも活用してみようっていうモチベーションの一つの成果だね。

Q:この試験仕込み室で、予想外や意外な発見が得られることも?

もちろん、試験の段階ではそういうこともあるけど、出来たものをちゃんと再現できなければ、全く意味がないから、偶然の産物を狙うという考え方ではやっていない。毎日研究を重ねてきた、これまでの成果と経験で、大よそ狙い通り・想定通りのものが出来てくるね。

Q:入社(入門)された方が最初に修行で覚えることは?

まずは、自分のところで造っている焼酎の銘柄や特徴を覚えなければならないから、瓶詰めとラベル貼りの作業。瓶詰の工程に入って、それぞれの銘柄の特徴をしっかりと覚える。4月に入社しても、その頃は醸造していないので、まずは屋根の無い仕込み=農業から、8月に入ったら屋根のある仕込み=醸造で、先輩の助手をしながら1年間のサイクルを覚えていく。

Q:一人前の杜氏になるのには、どれくらいの年数がかかりますか?

単純な作業として、機械の使い方や工程などを覚えるのは、2年間みっちりやれば覚えられる。他にも帳面から酒税から、色んな知識も学ばなければならないし、何より重要なのはすべて工程の「意味」を把握して、失敗や成功の理由を理解しながら仕事を覚えて行くこと。そのためには最低でも4~5年は掛かる。そこからさらに経験を積んで、色んな勘が働くようになるし、新しいことへのチャレンジもできるようになっていく。1人前までと言われればやはり10年かな。ウチでキャリアが長い杜氏だと20年を超えている。ここにいる有馬(取締役 兼 工場長)も、優秀な杜氏だね。

このあと、西酒造さんの畑で収穫された米の貯蔵庫→精米所→「お酒」の熟成蔵→自社農場へ移動、丁寧なご説明と共に、西酒造さんのこだわり・思い、そして新たな挑戦のことなどを、余すところなくご説明をいただいた。
また、各所ですれ違う社員の皆さま全員から、笑顔で丁寧なごあいさつをいただけた。

和室にて

この和室では社内外の方も招いた、“飲み方開発会議”なども行われるという。

Q:西酒造さんが掲げる、「農業」「家業」「感謝」の考え方について。

「農業」について、僕らは焼酎の原料になる米も芋も育てているけど、そこから先は「加工業」という側面がある。焼酎造りの土台として重要な「素材」を最高のものにするために、これまでも今後も協力関係にある農家さんと、自分達の「農業」を大切にするということ。

「家業」という意図は、ある意味「企業化」をしすぎてしまうと本当に良い焼酎は造れないと考えているから。一見すると僕たち人間が焼酎を造っている感覚になってしまうけれど、実際には微生物達が焼酎を造っていて、それを僕らは手伝っているだけに過ぎない。だから仕込みが始まったら昼も夜もなく、微生物たちの動き・状態に気を配らなければならないし、そこを企業化しすぎてしまっているとやり切れない。企業としての良い面は活かしながら、モノづくりのベースは「家業」でなければならないと考えている。

「感謝」とは、一緒に良い素材を作ってくれる農家さん、一緒に焼酎を造ってくれる西酒造のメンバーとその家族、出来上がった焼酎の流通や販売に協力をしてくれる小売店さんや問屋さん、そして焼酎を飲んでくれるお客様。すべてに「感謝」の気持ちを持ち、“三方すべて良し!”という状況を目指すべきという考え方。「造って良かった!売って良かった!飲んで良かった!」これが大事。

Q:「農業」のお話がありましたが、TPPへの交渉参加についてどう思われますか?

それで、日本の農家さん達が良い米を作れなくなるという危機感はまったくないが、製法にこだわっていない安い外国米がたくさん入ってきてしまうと、品質の高い米を“作る気がしなくなる”という状況があるかも知れない。政府は米を含む数品目を「聖域」とすることを掲げているが、実際にはなかなか難しいと思うし、仮にそれができたとしても今度は後継ぎ問題というリスクがあると思っている。 僕らは焼酎を造ることによって、お客様に喜んでいただき、社員を雇用し、農家に貢献する。そして、この連鎖を今後もずっと継続していきたいと考えているから、自ら屋根の無い仕込み=農業に参加して、万一の状況が起きても、問題がない体制を整えている。
フランスワインの醸造家達は、「うちの畑を見に来ないか?」という。ワイナリーではなく、畑を見に来い!と。
自分のブドウ畑にそれだけのこだわりを持ち、自分の畑で採れたぶどうでワインを造っているからだ。僕らの思いは、こういうワイン醸造家達の誇りに似ている。今まで蔵元は、原料は「仕入れる」という概念だったが、「原料から作る」をやって行かなければならない。ひいてはそれが、TPPの問題の解決にもなるし、また本来そうすべきであるという考えでやっている。

Q:170年の歴史の中でその取り組みは西社長の代から?

そう僕からだね。昔は国が買った米をぜんぶ組合ルートで販売され、蔵元達はそれを買っていた。その時から、自分達は何を造っているのだろうか?「國酒」と呼べるものはなんなのだろうか?と疑問を持っていた。焼酎が國酒になるためには、その土地・原料・風土を感じさせる酒を造れた時に、初めてそうなる。それをやり切って時代を変えて行いきたい。

Q:すでにかなりの年数をやってらっしゃいます。

芋焼酎を20年近くやってきて、確立してきた。焼酎醸造元で自社に畑と精米所を持って、備蓄をしているメーカーはうちしかない。過去に、国が販売していた米の一部に「事故米」が入っていたという事件があって、僕らはどこから仕入れた米も完全に検査しているから、品質に全く問題ないのに、その事故米を仕入れた蔵元という事で、勝手に社名を挙げられて、それをマスコミがバンバン煽って、大変な風評被害を受けたことがある。自分達がやってきたこと、思いや情熱を踏みにじられた気がして、本当に悔しい思いをした。その経験がきっかけで「ならば、米作りから精米から、芋作りからぜんぶ自分達でやるぞ!」とチャレンジがはじまった。周りのメーカーからは「できる訳がない」とか、「あんなことをやったらつぶれる」とか、色んな事を言われた。しかし、確立した今はもう何もない。今ではJAと同じように、地域の水田農業協議会にも参加している。自社で作った米を直接販売することもできるようになったんだ。

Q:「こだわりの焼酎」について

市場では「こだわりの焼酎」というキーワードが安易に使われているが、本当にこだわっているのなら、それは何かが明確じゃなければならないし、僕らはそこを命がけでやり続けたい。そこまでやらないと自分に嘘をついているようで、居ても立っても居られなくなる。いま僕らはみんながそういう気持ちでやっているし、そこに銭金のことなんかはまったく考えていない。「経営状況がいい」とか、「数値がいい」とか、そんなことでは人って燃えて仕事をしない。自分達がやっていることの社会的意義や、お客様の幸せを感じながらモノづくりに生きる!ということ。
銭金じゃない、本気のモノづくり。結果は必ずついて来る。
自分たちの焼酎文化を確立し、守って、美味い焼酎を造り続ければ、結果は必ずついて来る。 何10年、何百年後でも、次の世代に誇りを持てる仕事、夢を持ってもらえる仕事をしなければならない。

Q:今日お会いした社員の皆さま全員に浸透している感じがします

お前(有馬さん)にも浸透しているよな(笑)? いま言ったようなことを、ここにいる有馬はじめ、幹部・リーダー達がいつも伝えてくれているからだと思う。皆で夢を共有し、酒造りをしながら「誇り」と「生きている」という実感を、感じることができる我々でありたい。

Q:これは企業秘密じゃないか?と言うようなことまで詳細にお話をいただきました。

それは「隠す理由」がまるでないから。自信をもったモノづくりをしていることの表れだと思って欲しい。
やっていることをそのまま見てもらいたいし、見せるべきか?見せないべきか?とかは考えたことがない。笑

Q:すべてお見せできるのは、他社が真似できないという自信からでしょうか?

それは逆!
僕らがやっていることをみんなに真似して欲しいからなんだ!
僕らの考え方は、焼酎文化を守りたい!が大前提だから、こんな機会(今日の取材)だってすごくありがたい。畑を見てもらって、醸造所を見てもらって、僕らの製法やこだわり・新しいチャレンジ、焼酎文化を守りたいという思いを理解してもらって、それを多くのお客様に知って欲しいし、同じ取り組みをやってくれる蔵元が増えれば良いと思っている。
2005年のTRIPS協定により、「薩摩焼酎」と言えるようになった事は良いことだが、これに原料の米が入っていない。お芋とお米、そして水、すべてが鹿児島の原料である事で、真の「薩摩焼酎」であると考えている。「焼酎にはタイ米が合う」とか言う蔵元もあるが、それは断じて違う。国産だからいいとか、タイ米だからダメとか、じゃなくて、その土地の素材で造らないと、焼酎文化じゃないし「國酒」じゃない。僕らには今は「宝山」しか作れないけど、この土地で生活して、この土地で獲れた素材を使って、それが多くの人に親しまれて、また造る。その営みの連鎖が焼酎文化だと思う!

Q:今後の展望について教えてください。

足元でやっていること(芋焼酎の好適米となる品種を僕らが開発することなど)を、一つ一つしっかりと確立して行きたい。それが成功できてまた次の挑戦。挑戦はずっと続く!

Q:焼酎文化を支える企業のトップとして、後輩達にメッセージをお願いします

自分自信がまだまだ道半ばで、夢の途中。 いま挑戦していることだって、結果が出るのは、これから10年~20年かかる。ただこれだけは言えるのが、商は良いこと、駄目なこと、想定外のこと、いろんなことが起きる。どんなことが起きても「継続」すること。つぶれないこと。どんな逆境になっても這い上がる気持ち。
そして、実際に這い上がること。これが重要だと思う。

Q:「継続」する力を持つために最も必要なことは?

自分がやっていること、やろうとしていることに、
本気であること。その夢が本物であること。
本物でなければ、どんなことだって続かない!

<記者:HIDE>

Vol.7 西 陽一郎   西酒造株式会社 八代目代表取締役
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